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街とともに生きる
「人形師は町に住まなければなりません。いつも人と接し、人間を学ばなければなりません。心の動きが手や首筋や顔に出るのを見逃さないようにし、人形を作るのです。動く生きている人間との出会いがとても大切です。」 と答える博多人形師中村信喬氏の工房は、福岡市桜坂の閑静な住宅街の中にある。緑の多い落着いた環境と周囲を民家に囲まれ、町の生活の中にとけこんでいる。先人の博多人形師達もそうして人を見てきたのだろう。
人形師中村信喬氏は、昭和三十二年、中村筑阿弥氏を祖父に、中村衍涯氏(福岡県重要無形文化財)の長男として福岡市に誕生した。物ごころついた時には三代目と呼ばれ、いつも土と遊んでいた。母親も人形師の娘であったので、人形師になるのは当然の成り行きであったという。 祖父の筑阿弥氏は、明治・大正を生き抜いただけに「おかゆを食ってでも信念を貫き通せ」という人であった。父の衍涯氏は技術的なことは何も言わず「目で見たらいかん。手で作ったらいかん。」といつも言っていた。その教えが、まさに氏の人形つくりの基礎となり人形に表現されているように思われる。
氏は二十代の頃、人形制作の知識技術を身に付けるため旅に出た。人柄だろうか、そこで胸襟を開く先輩に恵まれ、陶彫作家村田陶苑氏、人形作家の林駒夫氏らを師と仰ぎ修行を続けた。 そのときの経験から、博多人形だけでなくさまざまな人形に興味を持つ。陶三彩などの他流の陶人形や加茂人形、嵯峨人形、御所人形、芥子人形。作品は人形だけに留まらず、肖像、大宰府天満宮の管公像や御神牛像、博多祇園山笠の人形。ときには樹脂や金属、紙や人形の義眼つくりのため、ガラスも吹く。「木でも土でも自分の創造にあう材質にこだわり、あらゆるものに挑戦したい。複雑なかたちを正確に型抜く石膏型を導入した博多人形は、時代とともに変わり、産業としても生き残ってきました。僕はその産業にいながら、ものつくりでありたいんです。」
博多人形といえば、黒田武士や芸者、美人物など、その多くは量産され、色遣いは鮮やかだ。しかし、中村信喬氏の作品はやや趣きが異なる。淡くぼかし込んだ微妙な色合いが人形ならではの幻想的な風情を醸し、見る者に安らぎを与えてくれる。「技術的に努力すれば、きれいな人形はできます。でも「心」で作らなければ人を惹きつけることはできません。だからでしょうか、自分が怒っていると人形も怒っています。自分が幸せでなければ、人に安らぎを与える人形をつくることはできないのです。」と氏。
中村信喬氏の人形についてはいろいろエピソードがある。神戸の震災のとき、崩れそうな家から氏の人形を抱いて飛び出してきた御婦人がいたそうである。 氏はそれを聞いて感動し、被災者鎮魂のため、狂言「大蔵流福の神」の人形を作った。「ものつくり師は神より選ばれたものだ。」と、氏の父が生前言っていた言葉を具現化する。人形は古来より信仰、呪術の用具として密接に神と結びついてきた。病気や災難に際し不安な気持ちになると、人々は人形に祈る。古来より、人々に安らぎを与えることが人形の役命であり、人形師は神聖な職業であった。
人に安らぎを与える人形。感動と共感を与える人形。そして戒めるような人形。博多人形師中村信喬氏はそのような人形を作りたいと願う。町に住み、伝統と共に生き、生活の営みを見つめながら。 氏は柔らかな笑顔で優しくそれを見守り続けている。
昭和32年 二代目人形師(故)中村衍涯(福岡県重要無形文化財の長男として福岡市に生まれる
昭和58年 西部工芸展入選
昭和59年 日本伝統工芸展入選
昭和60年 伝統工芸人形展入選
昭和61年 西部工芸展 朝日新聞社銅賞受賞
昭和62年 西部工芸展 朝日新聞西部厚生文化事業団賞受賞
平成元年 伝統工芸人形展 東京都教育委員会賞受賞
平成3年 伝統工芸人形展 日本工芸会賞受賞
平成6年 西部工芸展 正会員賞受賞
平成8年 博多祇園山笠土居流山笠人形制作 土居流より表彰
鎮西上人八百年祭
浄土宗大本山久留米善導寺 第二祖鎮西上人像製品
中国西安市興教寺大慈恩寺大雁塔 玄奘法師取経像奉納
天台宗比叡山瑞応院 山田恵諦座主制作
平成9年 伝統工芸人形展 文化庁長官賞受賞
ハワイ高野山真言宗弘法寺住職沖村栄昇像制作
芸州廣島誓願寺開祖 安楽庵策伝上人像制作
平成10年 伝統工芸人形展 監査員
平成11年 西部工芸展 正会員賞受賞
博多祇園山笠土居流山笠人形制作
日本伝統工芸展 高松宮記念賞受賞
平成12年 岐阜県現代陶芸美術館買上 南蛮夢想
伝統工芸人形展 日本工芸会賞受賞
平成13年 博多松囃子生人形制作 高砂翁・媼精作
伝統工芸人形展 日本工芸会賞受賞
平成14年 太宰府御神忌一千百年大祭 御神牛・菅原道真公像制作
太宰府天満宮より高円宮憲仁親王殿下・黒田家当主黒田長久公への献上品制作
オーストリアハプスブルグ大公献上品制作
平成15年 日本伝統工芸展五十周年記念展「わざの美」に選ばれる
西部工芸展 日本工芸会西部支部長賞受賞
平成16年 福岡箱崎宮八幡神像制作・奉納
平成18年 九州国立博物館に作品収蔵
福岡県文化賞受賞
日本工芸会正会員
日本工芸会西部支部 常任幹事
九州産業大学 芸術学部 芸術工学学科 講師
陶芸家 故 村田陶苑
人形作家 林 駒夫(国重要無形文化財)
能面師 北澤一念 に師事する