人形師 小副川祐二(おぞえがわ ゆうじ) 略歴

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人形師 小副川祐二(おぞえがわ ゆうじ) 略歴

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やわらかであればあるほどどんな「かたち」にもできる

「父親も博多人形師でした。素焼きの人形を型屋さんから注文し、色付けをするという人形師でしたが、自分が作らない分、博多人形の創造性を尊重していたし、技術に対する理解も深い人でした」と博多人形師・小副川祐二先生は昔を懐かしむように話しだした。

「博多人形の両輪をささえる「創造と技術」。どちらに傾いていても良い作品は生まれない。そのことを自然と父から学んでいたのかもしれません」。だがその父親から人形師になれと言われたことはなかった。家計のことを思い工業高校の電気科に進み、電気技師になろうと思った。しかし卒業後、いちばん身近で創造的な仕事である博多人形に惹かれ始める。「土くれから美しい形をつくる、という仕事に改めて惹かれました」と先生。

その熱い想いはすぐに師の元で修行に励むという行動でなく、まずは大学で「商学」の勉強へと始まった。「博多人形とは芸術品であると共に商品なんです。商品である以上、その流通の仕組みや販促的な面も勉強したかった」と小副川先生は言う。博多人形師は60歳を過ぎてからが本物。そのことは父を見て解っていた。時間はふんだんにある。寄り道が将来の肥やしになるはずだ。大学という大きな揺り籠で練られたっぷりと養分を蓄えた。4年時には学費免除の特待生にまでなり、優秀な成績で卒業をした。いよいよ博多人形師としてのスタートである。

弟子入りした本田広男氏の教え方は自然流ともいうべきものだった。しかし裏をかえせば手取り足取り教えない。自分で学べということだ。「学ぶ気がなければ何も学べない。途中でそのことに気づいて、自分なりに切磋琢磨しました」。それからは生来の生真面目さでめきめきと上達した。23歳の時には、博多人形師の登竜門といわれる「与一賞」を受賞し、はやくも頭角を表している。夢がようやく形になった瞬間、若き俊英として、マスコミにもてはやされた。しかし、そこからが本当のスタートだった。

小島与一賞がプレッシャーになって、良い作品が作れない。理屈やが先に立ち、肩ひじはって土に向かう。作品をつくるがなかなか受け入れられない。結婚し子供も生まれ、歳月ばかりが過ぎていく。しかし、ゆっくりと転機は訪れた。それまで主に創っていたのは「美人もの」だったが、わが子の愛くるしい姿を見て「わらべもの」を創ってみた。肩の力がぬけ、創りたいという気持ちが動かしたものだったが、思わぬ好評を得る。「結局自然体ということでしょうね。師の自然流の意味がやっと解ったきがしました」。理屈ではなく、感じる心が一番大切。感じた心でつくると見る人にも伝わる。そして癒され、和み、慰められる。博多人形の意味はそこにあると思った。

子供の喜ぶ顔がみたくて「男もの」を創ってみて、手ごたえを感じた。1994年博多人形新作展に出品した『鍾馗』で内閣総理大臣賞を受賞。48歳になっていた。小島与一賞受賞から25年である。

2002年『太平楽』で再び内閣総理大臣賞を受賞し、博多人形師としての名声を確立させた。それでもまだまだという。「博多人形師は60歳からが勝負。これからのために永い歳月を重ねてきたんです」。あせらず余裕を持って、融通無碍の精神で上を目指す。「売りたいと思って創った人形は売れないんですよ」。これも永い歳月から学び取ったものだ。

現在、小副川先生は、博多人形師の集まり『白彫会』の代表を務めている。若手の育成や商品開発に余念がない。小副川先生には博多人形を商品として見る目もある。一方でまた、芸術としての価値も正しく認識している。「結局は本物が持つ力こそがすべて。良い人形から伝わる慈悲や愛は、人間の心の原点です。顔とか衣装とかいろいろ変えても、それは小手先にしか過ぎません」。創造と技術。芸術と商品。複合的なビジョンで養うことで、人形の本質をとらえることができる人形師。その目は次のステップを見据えている。土はまだやわらかい。夢はまだ固まらない。

私の人形つくりへの思い

悠久の歴史や日常の生活 四季折々の自然の中から、 自分の心に感じたものを素直な気持で受け入れ、人形に表現したい。 創り出したその時から人形は作り手のもとを去ってしまいます。 手から離れた人形が語りかけその心が少しでもまわりに響くこと。 これを心がけて日々制作に励んでいます。


昭和21年 福岡生まれ 
昭和45年 博多人形師本田広男氏に師事 
昭和46年 博多人形技術振興競作展(与一展) 与一賞 「陽春」 
昭和47年 福岡県美術展 福岡美術協会賞 「帰り道」 
昭和49年 博多人形研究グループ「白彫会」に入会 
昭和60年 博多人形新作展 県知事賞 「白鳩」  
平成元年 福岡県美術展 奨励賞 「濤」  
平成2年  博多人形新作展 中小企業長官賞 「早春譜」 
平成3年  博多人形新作展 博多人形商工業協同組合賞 「梅香る」 
平成4年  天皇・皇后陛下お買上を賜る 「夢」
         博多人形組合理事 
平成6年  福岡県伝統的工芸品展 福岡市長賞 「宝刀」
         博多人形新作展 内閣総理大臣賞 「錘馗」
         伝統的工芸品産業奨励賞 表彰 
平成7年  博多人形新作展 佳作 「大願成就」 
平成8年  博多人形新作展 通商産業大臣賞 「遥かなる夢」
         伝統工芸士 認定 
平成10年 博多人形新作展 佳作 「曹操」 
平成11年 福岡県伝統的工芸品展 福岡県議会議長賞 「関羽」 
平成12年 福岡市技能優秀者 
平成13年 福岡県伝統的工芸品展 福岡市長賞 「粧」 
平成14年 「白彫会」 会長
     博多人形新作展 福岡県知事賞「お宝」
         博多人形新作展 内閣総理大臣賞「太平楽」
平成16年 ドールファンタジア招待出品「松浦佐用比売」
     新製品開発展 銀賞「幸雛」
平成18年 福岡県優秀技能者表彰 

伝統工芸士
白彫会会員
福岡県技能優秀者
香蘭女子短期大学講師
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